近年世界中で問題となっている耐性菌(たいせいきん)をご存じですか?
世界では約70万人の人がこの耐性菌が原因で亡くなっています。
さらに2050年にはこれが1000万人にまで増えると予想されているという事実…
数年前から、感染領域においてはこの耐性菌問題が一番注目されていて、国は耐性菌をテーマとする研究事業に多額の資金を投下しています。
それほどまでに、緊急で対処しなければならない問題なのですが、一般には「そもそも耐性菌とはなんだ」…と、まだあまり知られていないように感じます。
目次
耐性菌の基礎知識。実際には多剤耐性菌(たざいたいせいきん)
なんとなく専門用語的な印象の強い耐性菌。
正式には「多剤耐性菌(たざいたいせいきん)」と呼ばれています。
一部「薬剤耐性菌」として説明されることもありますが、どちらも意味は一緒です。
多剤耐性菌とは抗菌薬(抗生剤)がきかなくなった細菌のこと
地上には目に見えない細菌がたくさんいますが、この細菌のうち、抗菌薬(抗生剤)がきかなくなった細菌のことを多剤耐性菌と呼びます。
薬を飲みすぎると効きにくくなるとはまさにこのことを指していますし、予防接種のワクチンも、体内に事前に病原微生物を入れて免疫をつける仕組みなので、それとも似ています。
細菌は微生物で、この世に生きているもの。
人間も動物も植物も虫もそうですが、この地球上に生きるものの一番の生物的本能は「種の保存と拡大」。
自分の子孫を残したいという本能があるから、死なないように食べ・飲み・寝て、生き残って子供を産んで~をくりかえすわけです。
これは微生物も同じで、彼らもどの環境でもどうにか生き残ろうと必死に対抗する。
人は、身体に入った細菌が体内で増えて、自分自身の免疫力が追い付かなくなると、風邪などの感染症にかかります。
そうして病院で検査して細菌が原因だったら薬をもらい飲みますよね。
細菌を死滅させる薬が、みなさんご存じの抗生剤です。
抗生剤は抗菌薬や抗生物薬・抗菌薬ともよばれますがどれも一緒です。
なお、学術的にも医療従事者間のやりとりにも、「抗菌薬」が最も多く使われていますが、一般には「抗生剤」のほうがわかりやすいのではないかと思い、本記事では「抗生剤」に統一しています。
体内に入った抗生剤は細菌をピンポイントで退治していきますが、そのうち細菌が自ら、構造をかえたりバリアを張ったりと、あの手この手を使って生き延びようと策を講じはじめたのです。
また抗生剤をたくさん使うことによって、体内にもともとバランスよくいた細菌までも退治してしまい、いなくなった隙間を狙って、耐性のある菌が増えたりなんてことも…
細菌を退治する目的で使われていた抗生剤が、逆に強い耐性菌を生み出す結果となってしまっているのです。
多剤耐性菌の種類
多剤耐性菌は、多剤耐性菌という名の菌というわけではなく、抗生剤に耐性を持った(抗生剤が効かない)細菌をまとめてそう呼んでいます。
多剤耐性菌は、一覧を発見できないほどたくさんあります。
現存する抗生剤の種類分と思っていただければいいのではないでしょうか…
そして、耐性菌の名前はたいてい、「〇〇耐性〇〇」というかんじ。
たとえば、よく耳にする方も多い「MRSA」は、メチシリンという抗生剤に耐性がついた黄色ブドウ球菌だよということです。
バンコマイシンもペニシリンも抗生剤の名前です。
ペニシリンはアレクサンダー・フレミングという学者が世界で一番最初に発見した抗生物質です。
医療漫画「JIN」でも、物語の最初のほうで出てくる薬剤です。
ただこれらの抗生剤にも耐性ができてしまって問題となっています。
現在の耐性菌の代表的なものはこちらです。
薬剤耐性は細菌だけでなくウイルスにも確認されていますが、今回は細菌に限ってご紹介します。
- メチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSA
- バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌:VRSA
- バンコマイシン低度耐性黄色ブドウ球菌:VISA
- バンコマイシン耐性腸球菌:VRE
- 多剤耐性緑膿菌:MDRP
- 多剤耐性結核菌:MDR-TB
- ペニシリン耐性肺炎球菌:PRSP
- βラクタマーゼ陰性アンピシリン耐性インフルエンザ菌:BLNAR
- 広範囲薬剤耐性結核菌:XDR-TB
- ペニシリナーゼ産生淋菌:PPNG
この一覧、全く覚える必要はありません。
でも、この一覧から知ってほしい情報はこちら。
- 黄色ブドウ球菌は食中毒を起こす細菌、薬が効かないとまずいんじゃ…
- 肺炎球菌は肺炎を起こす病原微生物のうち一番多い原因菌、死因第3位の肺炎患者が激増するのでは…
- 昔は死の病だった結核、今は治せるから油断していたけれども、まさか薬が効かない結核があるとは…
昔は、治療法がなく治せなくて、命を落とす人がとても多かった感染症が、抗生剤の発見から、人の死因上位に感染症がなくなる時代にまで到達しました。
でも、今では抗生剤に耐性がある細菌が激増。
何の薬も効かなくなる感染症が今後どんどん増えることは目に見えているわけです。
緊急に抗生剤が必要な多剤耐性菌
2年前に、WHOは世界で初めて、今確認されている多剤耐性菌のうち、脅威レベルの高いものを公開しました。
多剤耐性菌の脅威とはつまり、耐性菌に対する抗生剤がないので、もし該当の耐性菌に感染した時に治療法がないとうことを意味します。
- アシネトバクタ―・バウマニ:カルバペネム耐性
- 緑膿菌:カルバペネム耐性
- 腸内細菌科細菌::カルバペネム耐性
- エンテロコッカス・フェシウム:バンコマイシン耐性
- 黄色ブドウ球菌:メチシリン耐性・バンコマイシン耐性
- ヘリコバクター・ピロリ:クラリスロマイシン耐性
- カンピロバクター:フルオロキノロン耐性
- サルモネラ菌:フルオロキノロン耐性
- 淋菌:セファロスポリン耐性・フルオロキノロン耐性
- 肺炎レンサ球菌:ペニシリン耐性
- インフルエンザ菌:アンピシリン耐性
- 赤痢菌:フルオロキノロン耐性
出典:Answernews「WHOが初公表した「新規抗菌薬が緊急に必要な薬剤耐性菌」リスト―開発支援 世界で動き」
感染症の名前や細菌の名前や薬の名前ってどうしてこう暗号のようなのでしょうかね…
危険度の高い&よく出てくるものについて軽くご説明を加えましょう。
緊急性の最も高いアシネトバクター菌が原因となる病気は、肺炎・尿路感染症・髄膜炎・敗血症などです。
病院の感染制御チームが最も恐れるボスキャラ的存在です。
このアシネトバクター菌に対する抗生剤として耐性が問題となっているのがカルバペネムという抗生剤です。
カルバペネムは広くほとんどの細菌に対して有効な万能型の抗生剤で、抗生剤の中では切り札的な存在です。
それだけに、耐性菌の治療が難しく、現在、医療機関で最も問題なっているのです。
カルバペネム耐性の緑膿菌も同様。
続いて、腸内細菌科の細菌。
なんだか、良い細菌のイメージのある腸内細菌とよく混同されがちですが、あの腸内細菌とは全く別。
わかりやすい説明をすると、腸内細菌科は主に動物の腸内にいる細菌を指して、腸内細菌は人の腸内ということ。
腸内細菌科の細菌としてよく知られているのが、大腸菌・赤痢菌・サルモネラ菌です。
これらの菌、過去にも集団感染で死者をたくさん出した細菌たちですし、ちょっとゾッとしませんか?
カルバペネム耐性の腸内細菌科細菌に関する国内のニュースとしては、久留米大病院で入院患者4人が感染し、1人が死亡したという事件が有名です。
次に、緊急性「大」とされた細菌について。
だいたいが食中毒でおなじみの細菌ですね。
エンテロコッカス・フェシウムや、黄色ブドウ球菌の殺菌には、抗生剤として用いられるバンコマイシンが有能でしたが、乱用し続けた結果耐性菌が出てきてしまいました。
バンコマイシンは過去に”最強の抗生物質”と呼ばれ、それまでの抗生剤が効かない菌などにも有効で、まさに抗生剤の中で救世主的存在だったのです…
フルオロキノロン、またの名をニューオロキノロンは結核に効くということが特徴の抗菌薬です。
このフルオロキノロンの服用については、近年体への副作用や病気のリスクを高めるとかで、使用方法が改めて議論されているとのこです。
最期に緊急性「中」とされた細菌について。
肺炎レンサ球菌やインフルエンザ菌は、肺炎の原因菌の1つです。
肺炎は日本の死因第3位。
これらの耐性菌が増えることは、肺炎患者数を増大させることにもつながります。
さて、抗菌薬や細菌の詳しいお話しは、1つ1つをテーマにしても語り切れないほど実はボリューミーなので、今回はこのへんで。
多剤耐性菌の感染経路
「多剤耐性菌の感染経路はなんですか?」
これはちょっと的外れな質問です。
多剤耐性菌にはたくさんの種類があって、それらの菌がそれぞれ原因となる病気が異なるからです。
そして、それぞれの細菌がもともと住んでいる場所によっても、人の体内に入ってくる経路が異なります。
例えば
- 傷口から入ってくる
- 排便の際に飛散して口から入る
- モノについた細菌に触った手で口から入る
- 皮膚に直接触れ
- 汚染された水を飲む
- 汚染された食品を食べる
などがありますが、
- 多剤耐性菌の出現は、抗生剤を使いすぎて体内でできてしまうパターンと
- 体内でできてしまった耐性菌が咳やくしゃみや排便などで外にでてそれが他の人にうつるパターン
と2種類あります。
日本は、医療水準が高く設備も整っていることから、深刻な感染症がそもそも発生しにくい環境です。
抗菌薬は、深刻な感染症の原因である細菌を殺菌するために大量に使われることになり、その過程で耐性ができてしまうことが問題です。
だから、日本国内においては多剤耐性菌はまだまだ深刻度は高くありません。
多剤耐性菌が問題となる患者さんも少ないでしょう。
ただ注意しなくてはならないのは、国外からの持ち込みです。
旅行や出張などで海外に行った先で感染して、知らず知らず国内に持ち込んでしまうことや、日本への旅行者が持ち込んでしまうことを指し、輸入感染症とも呼ばれています。
そのため、懸念されているのは、海外からの渡航者が多くなる大イベントの時期。
間近に迫った東京オリンピックでは、世界中からの渡航者が一度に集まることになります。
こういうイベントは最も感染のリスクが高く、こと耐性菌に関しても空港の検疫などで厳重に警戒されることとなるでしょう。
多剤耐性菌の治療法は抗生剤の使用のみ
多剤耐性菌の治療法は、耐性菌を殺菌できる抗生剤の使用しかありません。
が、これはもう何十年もいたちごっこを続けていて、ある細菌に対して開発された抗生剤があったとしても、数年後には耐性菌が出現する。
その耐性菌に対する抗生剤をまた開発しても数年後には耐性菌ができる…これをずーっと繰り返しているのです。
とはいっても耐性菌への特効薬は抗生剤しか選択肢はなく、重大な耐性菌に対する抗生物質の開発が急がれているのです。
耐性菌の3つの問題点
多剤耐性菌の問題点を整理してみました。
- いたちごっこのループから抜け出せない
- 抗生剤の開発が進まない
- 「風邪には抗生剤」が浸透してしまっている
大きくはこの3つでしょう。
順にご説明します。
いたちごっこのループから抜け出せない
これは先ほどご説明したとおりです。
1929年に世界で初めて発見された抗生物質がペニシリン。
抗生物質が欠かせないのが、外科的手術の時です。
手術は身体にメスを入れて行うのですから、感染が最も警戒される医療なのです。
たとえば、ちょっと転んだ傷口からウイルスや細菌がはいって膿が出たご経験はありませんか?
膿は体内に入った病原微生物を身体の免疫機能が退治したもの、つまり膿が出るということは病原微生物が傷口から入ったということを意味します。
これが、身体が弱っていて免疫機能が低くなっているとかで病原菌が増殖してしまって、退治が追い付かないということになった場合、たとえば皮膚が壊死してしまって最悪の場合、その部位を切断しなくてはならないといったことになるわけです。
手術は本人の痛みは伴わないとしても、身体に大きな負荷をかける行為です。
そんな状態で感染なんかさせたら命に係わる。
だから、細菌を殺菌できる抗生物質の発見は、人類の生存状況を大きくかえる革命だったのです。
ペニシリンは1943年に使われましたが、1945年にはその耐性菌MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が出現。
1972年に、MRSAの特効薬としてバイコマイシンが開発されましたが、1988年にはその耐性菌が現れました。
もはや完全なるいたちごっこである抗生剤VS耐性菌、この図式がいつまでも続いているのです。
抗生剤の開発が進まない
続いての問題がこちら。
薬を作るのには大変な費用がかかります。
薬を開発する期間や費用についてはこちらの記事もご参考に。
人類は70年間、耐性菌と抗生剤の開発といたちごっこをし続けてきました。
でも、抗生剤の開発にかかる期間と費用と労力に対して、耐性菌の出現があまりにも早すぎて、一言でいうと、製薬会社的には「割に合わない」ということ。
耐性菌の中には、100種類以上の抗生剤が治療法として選択できるのに、耐性がない薬がたった2つしかない、しかもその2つのうち1つは服用することで副作用を起こすとか、そもそも耐性がない薬が1つもない、そんな事態も現実にあります。
それはもう製薬会社のモチベーションとあくまでも利益を追究するベースに沿わない事業ということなのです。
実際に今、製薬会社では抗生剤の開発規模が縮小されています。
その理由は、はやりの生活習慣病・がん・中枢神経系疾患に対する事業のほうが、ニーズも高く、より高い収益性が見込めるからです。
さらに、抗生剤は、また新たな耐性菌を生まないために、使用量や期間などに制限がかけられています。
これは国民を健康被害から守るための当たり前の対処ではありますが、製薬会社としては、「投薬に制限があると利益にならない」のです。
製薬会社も利益がなくては新薬の開発はできませんし、ここらが抗生剤開発を市場に任せる限界なのかもしれません。
「風邪には抗生剤」が浸透してしまっている
さて続いて、これこそが耐性菌を生み出す人的原因ともいえるもの。
昔、まだ耐性菌についてよく知られていない時代には、抗生剤はヒーローで、使い勝手もいいことから、世界中で気軽に処方する風潮がありました。
今では、病原微生物にはウイルスと細菌などと種類があって、抗生剤は細菌にしか効かないということがわかっていますが、当時は、「とりあえず抗生剤を使っておきましょう」と、処方しまくった時代がありました。
また、アメリカを代表に、薬局で抗生剤が簡単に手に入る国では特に、よくわからない体調不良でも、抗生剤を飲んでおこうと乱用し、後に耐性菌が横行するようになってしまいました。
例えば、「風邪だから抗生剤を飲む」、これはありえないこと。
ふつうの風邪の原因のほとんど9割がウイルスが原因だからです。
もちろんちゃんと検査をして、この体調不良の原因は細菌だねとなり、抗生剤が必要だと医師に判断されればOK。
でも、原因がわからないのに、耐性菌が問題となっている現代で、「とりあえず抗生剤」はNGです。
昔は風邪ですぐ薬をもらっていた記憶があっても、最近病院では、痰を出しやすくする薬とか、鼻が通りやすくする薬とかを中心に、免疫力に頼った治療をされているのではないでしょうか?
また、何らかの感染症が疑われた時に、簡易キットで血液検査をして細菌が原因なのかウイルスなのか、これをササっと検査されませんか?
このように、現在の抗菌薬適正使用の原則は、
- 本当に必要な時のみ
- 使うならば十分な量を必要な期間のみ
とされています。
だから、もしも、もしも検査もされずに風邪と診断、抗生剤を処方されたら「ん????」と思ってください。
また、海外で体調を崩したとしても、自己判断で市販の抗生剤を購入しないようにしたいところですね。
おわりに
今回は多剤耐性菌について、さくっとおおまかな基本的なことと、何が問題視されているのかというところをまとめました。
正直なところ、よっぽど体が弱っていない限りは耐性菌はさほど恐怖ではありません。
日本では持ち込みがほとんどであるというのも事実です。
ただ、世界的な社会問題として懸念されているのが、耐性菌が原因の死亡者数が、現時点で70万人だったのが2050年には1000万人にもなってしまうと予想されていること。
日本ではそれほど深刻でないといっても、世界で最も高齢化率が高く、感染をきっかけとした体調悪化といったケースも多く出てくるでしょう。
耐性菌への対処法としては、新薬の開発しか道はありませんが、私達が日常的にできることとしたら、まず感染しないこと。
コメントを残す